昭和40年03月18日 月次祭
日蓮上人は、「われ、日本の柱たらんと」ということを言われたということで御座います。自分は日本国の柱になろうと決心されたということで御座います。私共は、そういう意味、日本のどうこうということではないですけれども、もうこれは、切実に私が思うこと。それは、「世の中の難儀な氏子の道しるべたらん」「世の中の難儀な氏子の力たらん」「難儀な氏子の光たらん」と。もうこれは、もう、この思いは、もういよいよ、やむにやまれん思いで切実に私の心の中にある心でございます。
世の中の難儀を持っておる人達の道しるべ、私が難儀な氏子。私が難儀な、体験を通して、信心をさして頂けば、こういうおかげが頂けれるのかと。こういうふうに、私のような者でも有り難くなれれるのだと。このような場合にでもびくともすることはいらんのだと。このような時でも神様に御礼が申し上げられれるのだという、私の体験を通して、そういうおかげを頂き、世の中の一人でも多くの難儀な氏子が、ね、
先生を見ておれば心に光を頂くことが出来る。先生の言うておられることを行じておれば必ず力が生まれる。どのような難儀な氏子でも、どのような難儀を持っておる者でも、椛目に行けば助かるんだという、そういう確信を皆さんが持って頂けれれるようになったら、どんなに有り難いことになってくるであろうか。私以上のことは、分かりません。けれども、私が頂いておるところのおかげ。
私も食うに職無く借金の山の中に、いわば最近せめさいなまれた時代。無い命を何回も助けて頂いて、今日のおかげを頂いておる私の信心をひとつの見本ともして頂き、手本にもして頂いて。私が頂いておるところのおかげそのおかげをもって、私の心の中に頂いておるところのおかげをです、皆さんの一人一人が、いや皆さんではない、世の中の難儀な氏子の一人一人がそれを頂こう、それを受けようという気持ちになって椛目に参集して参られるようになられる事を、愈々強く思わせて頂くので御座います。
今日(こんにち)、久保山先生が午前中元気にしておられたんですけど、昼から頭が痛いと、仰っておられたら、とうとう帰られたままお見えになりませんから、そのまま寝込まれたのであろうと思うんです。皆が風邪引いて倒れております時に、先生が一人でおおあらわ、まあ、万事おかげを頂きまして今日は、こういう手が、いうなら揃うたところに、えー、休みつかれるといったような、まあ、お繰り合わせ頂いてからほんに有り難いことだとこう思うんですが。
そんな訳でございましたから、神饌室の方を私がおかげを頂かしてもらいました。皆さんもお気付きございましたでしょう、今日の御神酒の配列が違っておるでしょう。いつも私は、あの、菊正宗を中心にいたします。あの菊正宗がここの御神酒になっとりますから。今日私は、あの月桂冠を中心にいたしました。そしてその両脇に菊正宗を配しました。そして、その両端に千年乃松がお供えになっとります。
今日の私の御理解は、そこから私がそのようなことを感じさして頂いとりましたら、そのように頂くんです。私は、意味は分からなかったけれども、何故なのか分からなかったけれども、御神前に出てそれを気付かせて頂きました。日蓮が仰られたという、我こそ日本の柱になろうと言われた。私こそいよいよほんとに難儀な氏子の光にもなろう、力にもなろう。ね。そういう難儀な人達の道しるべにもならして頂こう。
それは私が教祖の神様の御信心を通して頂いておるところの心の形に頂いておる、こういうおかげをね、皆さんにも一様に頂いてもらう事が出来たなら、日々が有り難い勿体無い、どのような中にでも有り難し。どのような中にでもびくともすることのいらないおかげが頂けれるようになられたら有り難いことであろう。月の柱の冠と書いてある月桂冠というのがね、月は氏子と仰る。太陽を神様に例えるならば月は氏子である。氏子そのものには光は無いけれども、自分自身の心の中が円満に丸くならしてもらう。
和らぎ賀ぶ心にならせて頂けばね、十五夜のような真ん丸いお月様のような状態に、心の状態がならせて頂いたら昼をも欺くような光が、太陽の反射によって、その光を放つことができるのである。いや人間の姿はしておっても神様と同じような働きを、光を表すことが出来るのである。それが半月であれば半分の光であり、三日月さんであれば三日月さんの光であり自分の心が暗闇であれば、やはり暗闇なのだということですね。
そういう難儀なお月様たちが、世の中に、どのくらい沢山おるか分からないということです。日々、心の中を真っ暗にして過ごしておる人達が、どのくらいあるか分からないということです。そういう人達に、私の頂いておるおかげをです、聞いてもらい行じてもらい、そして私の頂いておる力を、いうなら、光をひとつの道しるべとして、昼をも欺くような、神様をも欺くような。
あの人は人間の姿はしておるけれども、心は神様のような人、仏様のような人じゃというように、人からも人徳、神徳を身に付けさせて頂いての生活。そういう幸せを目指す人達の為の、いよいよ道しるべにならせて頂きたい。「ついて来なされ この提灯に けっして苦労はさせはせぬ」歌の文句ではないですけれども、私自身が頂いておるおかげ、それをここでは、親先生任せ。ね。
皆さんはどうでも現在椛目に御神縁を頂いてある皆さんがです、真実私が願いとしておるところのおかげをです、皆さん一人一人が頂いて下さって、皆さん一人一人がです、ね、人の力に人の光に人の道しるべになるようなおかげを蒙って頂きたい。そういう願いを持つのでございますね。その為にはどのような信心をさせて頂いたら良いのかということにです、お互いがギリギリ焦点を置かなければならないのでございますね。
そん時だけ光を貸してもらえば、そん時だけ力になってもらえば、そん時だけ相談相手になってもらえばではいけんのである。ね。その信心を自分のものにしておかなければならないということなのです。そこで私共の、例えば月桂冠を中心にした、言わば、あれは私の信心を中心にしてということを、皆さんの信心を中心にしてということも言える。ね。月は、私と、ね。
その両端にいわゆる、菊正宗がその周囲になからなければならないという事。有り難き勿体無き、椛目でほんとに自分の心の中に、菊の花にも似たような心を日々頂き続けることが出来るならね。そういうおかげを頂きたいという願いをまず、第一にもたなければならないという事になります。私の心の中にね。そういう喜びの心が頂きたい。昨日で御座いました、もうぼちぼち、この二十三日が御霊様の御祭り。ね。一時間の御祭りですから、皆さんそのつもりでどうぞ御参拝ください。
御霊様の御祭りが始まりますと、皆さんのところの御霊様もぼちぼち、何か躍動を始めなさるという感じが致しますですね。とくに、御霊様の春動ですか、春になって来ると。御霊様の、言わば御祭りを受けられる為の御準備が始まる訳なのでございます。昨夜の御理解、御祈念に、もう一週間ぶりでした、永瀬さんところの奥さんがお参りになりました。十日のお月次祭におかげを頂かせていただきましてから。
先生が御祭りを奉仕しておられるのを、何かもう痛々しいと、何かもう、何かもう、きつうしてたまらんという様にして御祭りを仕られるとるのを、こちらから拝ませて頂いたりいましたら、「ほんと、先生がきつそうにしておる。私の体で適うことなら、ほんとに私の体に引き受けさせて頂いてもよかばってん」ち思うた。そしたら、先生もう、帰らせて頂きましたらねって私に。「おかげを頂いて今日まで日参も出来ませずに」と言うてからこの言うた。有り難いですね。
先生が病気をしとると、私の身にでも。皆さんが信心を病気しておる。ほんとに変えられるものなら自分の体にでもと、例えば、ここに「あいよかけよ」の美しい働きというものがなされていくような、そういう想いが交流する中にお互いなりたいと思いますですね。善しにつけ悪しにつけ、だから交流したいですね。そして、お届けされますのに、休ませて頂いとる間に、二回こういう御夢を頂きましたとこう言われる。ね。大分県の方が奥さんの里であります。
あちらの亡くなられた御両親が、まだ他にもでしたけど、まあ分かりやすくいたします。御両親が枕元にみえられた。そして、金銀財宝…、「何だったですかね?」、うん?何か?とにかく、あの、金銀、金銀財宝なんです。あとのことは、もう、求めてやまない、その、物をですね、下さろうと、こう言うわけなのです。ね。親ということは、先祖でもありましょうけれども、親神様だと仰ることであろうと私は思いました。
次には今度は永瀬の家の御霊様が、御両親、また枕元にみえられましてですね、今度は、あの鈴が鳴りますね、あの三羽烏の時に使います、小さい鈴がたくさん鳴ってる、その鈴を下さった。ほんと有り難いなと私は思うたんですね。神様が働きかけて下さった、例えば御夫婦の一生懸命の信心に、おかげを下さろうとしておる。一生懸命神様は働きござる。先日も鯨を吊り上げたと言う様な大きなお夢を頂いておられる。
ところがその、鯨を吊り上げると同時に、大きながま口がそこに水の中にあるけん、それば取ろうと思うてから入っていけばいくほどに、その、深みに入って行き、とうとう取れなかったというところのお夢だったと言うんですね。何か知らん、もうここまで、おかげを、こう、下さる程、働きがあっておることを感じますですね。だから、次にそのことを申しましたんです。ね。
私共が金銀財宝ということはです、私共がほんとに幸せになっていくことの為に一切のものであろうと、私は思いました。ね。健康も、物も、金も、ね。様々な幸せになる為の絶対必需なものが、その事であろうと私は思うと。それを頂かしていただく、しかも、限りなく無尽蔵に、頂かしていただく為に、その受け物を作れよと。自分の心の中に金の鈴を打ち振るような、思いをです、ね。
ある時に教祖の神様の御養子である所のお父様がです、その小野槙右衛門とおっしゃいましたね、そのお庄屋さんなんです。お庄屋さんに手習いに通うてある時分です、「うちの子供は変わった子供です。夕方おりませんからと思うて、あっちこっち探しておりますと、上の何とかというその堤がある。その堤のところへ丁度もう、お天道様ば沈みござる時です、手のほうにこっちがじっと、その沈みごとば眺めておる。
何を思いふけっておるのだろうかと時々思うことがある。うちの子は不思議な子です」と言うて、そういうような話をしておりますですね。その庄屋さんが、そのまたそれに応えて言うておられます「あの子は確かに不思議な子じゃ」て「そういう時には何とはなしに、自分の心の中に、金の鈴を打ち振るうような音色を聞きとめておる時ではなかろうか」と仰ったそうです。
自分の心の中にです、金の鈴の音色のような、音色を自分の心の中に聞かして頂く。われと我が心が拝まして頂けた、たいような心。いわゆる和らぎ賀こぶ心。ね。そういうような、言わば心にならせて頂くという事。しかもそれが、どのような場合でも、どのような時でも、そういう、心の状態にならせて頂くことを願いとして、そういう、心の状態をおかげの受け物として、金銀財宝、人間幸せになる一切のものを、頂いていこうと、こう言うのである。ね。
皆さんが、おかげを頂きます、おかげを頂いてと言うて、御神酒の一本もお供えをする。ね。お初穂も奮発する。けれども、お詫びに印にというて、お初穂をする人がほんとに少ない。ねえ、他所にお詫びにいく時に、やっぱさい、何か、酒の、折の一つも、酒の一本も下げていくならほんとじゃないですか。神様も同じことよ。そら、酒じゃない。菓子折りじゃない。
自分の思いを何かに表現していくのだということ。ほんとに詫びておるか。ほんとに詫びておりますという印をあらわすのじゃ。お願いの時だけが印を表すのじゃなくて、お詫びの時も、やはり、その印をあらわされていくことが真実のことではないでしょうか。お礼やら、お願いやらでは、だけない、お詫びに、そうする。昨日、私、ほんとに負うた子に教えられるような事がございました。
それは、ちょうど、もう十一時半、あ、十時半でした。下がったのが。こちら控えておりましたら、隣の定男さんがやって参りましてから、こんな大きな袋に饅頭を二袋買うてきとります。買うてきとるわけです。追分に今、鉄工所に勤めております。「先生、食べて下さい」ち言うてから。「あら、どうしてあんたこげなもん買うてきた」ち言うた。もう、その、だいたい頭垂れて、下うつむいてから、もう恥ずかしがってからもの言わんとですもん。「とにかく食べて下さい」ち言うち(笑い)。
もう出来立ての、酒饅頭のほやほやすっとをその、二袋買って来てるんです。何の為にこんなことするだろうかと私思ったんです。それからまた私、うえさん後片付けをしてお掃除が済んだから、その饅頭を皆にお茶と一緒に出さしていただいてから、あそこで思いよったら、ははあ、その為だったばいなと、私思うたんです。と言うのはです、そこへピースの煙草がひとつ、それにライターがひとつ、ライターに注すところの油が一瓶、あの、添えて置いてある。
聞いたところが、もう今日から煙草をやめる。この頃から総会におかげを頂いて、もう皆さんの一生懸命の、おー、記念祭を目指して、あの御造営を目指しての一生懸命な話を聞きながらです、分かるやら分からんやらしとるけれども、何とはなしに心に感じた。よし、私も煙草をやめよう、という気になったらしいんです。それで、こらここの若先生にお供えすると言うてから、煙草とライターを持ってきておるんです。これはどげん思うても、誰でも頂けんです。ここん今、直してありますけれども。
言わば本気で、ひとつ改まらして頂こうというのである。皆さんも御承知のようですけれども、あの人は、小さい時に脳膜炎をを患いましてね、もう医者は命がないって。それを神様のおかげで助けて頂いて、ね。頭がご覧のように弱いのです。けれども、私は、気の利いた息子がおってもです、ほんとの親の生身にカンナをかけるような息子よりも、もうどれ位いるか分からない。
親子二人の細々とした生活ではありますけれどもです、現在ではあの人が生計を立てておるのですからね。毎日行きます。お母さんが弱いから、朝でも起きれない時には、自分で朝ご飯炊いて、帰ってね、お掃除してからお風呂焚いてる。さあ、お母さん、ご飯が出来た。お風呂が焚いた、ち言うてって自分ですから、とてもとても、あの、普通の者で勝つことじゃありません。ね。
毎晩その晩の御祈念に参って来て、一番前耳が遠いですから、一番前正面に座ってから御理解頂いてるんですけれども、分かっているやら分かっていないやら分かりませんけれども、どことはなしに血肉になっていきよるじゃないだろうか。私はそれを思わして頂いた。お互いが改まろうと、ね。記念祭を目指してこんな事じゃいかん。ね。せめて御造営の御用にでも立たせて頂くなら、何か自分の身を絞るような信心でもさしてもらわにゃと、こういうのでございます。けれども心密かに出来んといかんけんね。
出来んとおかしか。途中で挫折すると、やっぱ、神様だって御無礼にあたるからだ。御届けはしきらんちゅう人が多いんです。それにです、例えば、それがお饅頭の二袋でもお供えを添えてです、ね。ここで御取次ぎを頂いて、ものを言わんでもです、そういう心のもとに、はあ、昨日の、このお饅頭が買うてきたんではなあ、と私は思うてです。そういうことを神様へお取次ぎさせて頂いた事でございます。ね。
改まらせて頂くということにでも、やはり、そうした私は、思いというものが込められなければならないと。ほんとに、負うた子に教えられる思いでございました。お互いがですね、楽でおかげ頂きたい、楽でおかげを頂きたい。本気で思いやいいんだけれどもです、ね。楽でおかげを頂く為には
(録音不良の為、30秒くらい聞き取れない)
昔、朝鮮にこんなお話がありますね、ある人が、その、寝とって食べれれる方法ば教えよるちゅって。私は、でもそれは、寝とって食べれれるとごたるとならこげな有り難かこたなかとじゃけん(笑い)。俺にも教えてくれ、俺にも教えてくれ、と言ったわけなんですね。皆さんではどうですか。もう寝とって食べれれるごたるとなら、もうこげな楽なことはなかですもんね。
今日私が申しておりますことは、実を言うたらこの事を、私皆さんにお話しておるわけなんです。ね。寝ながら食べられる。ね。どういうことかと。一頃はその朝鮮の山奥にちゃっと寝とけち言いよる。すと朝鮮というところは虎が多いところですからね、虎が出てきて、寝とるところがね。食べられてしまうわけです。寝とって食べられる(笑い)。けれども、私が今日皆さんに聞いてもらいよることもです、ここんところなんです。ね。皆さんが本気で、ひとつ虎に食べられる気にならなければならないのです。
以前私のことを神様、虎年、虎年とよんで下さった時代があります。私が虎年だからなんです。ね。その虎年の氏子に、皆さんが本気で食べられる気にならなければいけません。乞わせるだけじゃいかん。ほんとに食べられる気にならなければ、おかげ受けられません。その為の修行をなさっているのです。その為の信心をなさっているのです。どんな場合でも、どんな場合でも親先生任せになれれるという信心をです、いただいとかなければならないといういことです。
そこにお互い信心の修行をおかなければいけません。ね。それには例えば願い時だけ、願い時から御礼を申し上げる時だけの信心ではなくて、詫びる時にも。例えば定男さんの例をもって申しましたようにな、行き届いた信心が必要じゃないかということなんです。ね。そして私がこれを思う切実に、いよいよこれを年を追うに従って強うなっていくであろう、私の心の中に、国の柱になろうとは思わんけれども、難儀な氏子の、道しるべになりたい。難儀な氏子の光になりたい。難儀な氏子の光になりたい。ね。
そんなら、その力を下さい、光を貸して下さいと言うだけではなしにです、ね、こういう力を、こういう光を、ね、皆さんの信心によって、獲得する道を、私が皆さんに聞いて頂くということなのです。教えさせて頂くというのです。ね。そこに、私は徳も受けられる道が付いてくるのだとこう思う。ね。いよいよ、ね。本気でです、椛目に、私は打ち込ませて頂くというか、ね。
さあ、この、土地の買収が出来ました。さあ、土地の何やらかにやらって言うと、もう実にその、おー、雑多との、やはり用事が、思いもかけない用事がございます。この先生方が御届け出来ない用事ございます。もう今日なんかも測量ございましたんですけれども、来て下さったんですけど、付いて行く者がいない。それから、まあ、福島さんに電話掛けてから、福島さんが、まあ、今日は一日がかり。そこへ、また、あの、高芝さんもちょうど見えて頂いて、二人であれこれ御用して下さったんです。
これは、とてもほんに、これからちょいちょい、さあ、じゃけんって電話掛けなんことがあろうが。そればってんからもう、電話ば掛けにくいごたる事でもこれはいよいよいけないなあとこう思う。もうほんとに、もう、御用がしとうてしとうてたまらん。腰からずうからね、お役に立ちたいという念願の人でなからなければ、とてもとてもこれは、ちょいと誰々さん来とるけん、ちょいと来て下さい。
さあ委員会ですからと言って、もうしょっちゅう会合ばしなければならんだろうけれども、さあちょいと忙しいけんでね、さあちょいとって自分な仕事をかつようなことではです、今日私が言う言わば虎に食べられるという信心じゃあないと思うです。何をほっといても、まず虎に食べられる稽古なのですね。そこにその先に私はね、真実な意味合いにおいて寝とって食べられるというね、楽なおかげも頂けれる。限りなくね。
そういう中にも永瀬さんが頂いておられますようにです、ね、自分の心の中に金の鈴の音色を聞き取れれるようなです。私がこれだけ切実に思うのですから、皆さんのお願いがですね、教祖の神様が、私がおかげの受け始めと仰ったが、皆もこのようなおかげが受けられるとこう仰った。私共も、だから教祖の神様のそこを目指さして頂くので御座いますけれども、椛目の皆さんはここで言うならば、私がおかげの受け始め。ね。
私が頂いておるようなおかげ。私が心に感じておるようなおかげ。私が形の上に頂いておるところのおかげがです、皆さんの上にも頂けれるようになったらどんなに有り難いことになってくるだろうかと思えば思うほどこれを切実に皆さんに思い、また、これを聞いてもらわなければおられんのである。皆さんがそれを頂いて下さる。ね。そこから皆さんの周囲にです、また、難儀な氏子の柱になって下さり、光となって下さる皆さんができた時です、いよいよ、椛目の繁盛があるでしょう。ね。
先日も、総会の時に青年部を代表して話しておりました嘉朗さんが、ね、椛目のあけぼの、それはそのまま教団のあけぼのに繋がるのだと、こういうこと。椛目の難儀な氏子が助かるということは、そのまま日本中のです、言うならば、世界中の氏子のです、難儀な氏子の取り次ぎ助けられるという事に繋がっておるんだという自覚。私が助かれば一家が助かる。一家が助かれば親戚の者が助かるんだというようなもの。
しかも、この助かりがです、こういう助かり方をこの人もしてくれたら、問題が問題でなくなってくるだろう、有り難い世界が顕現されてくるだろうというところまで今の信心を高めなさらなければ椛目通いの値打ちはないのでないのかと私は思うのです。ね。どうぞ、ひとつ私が今日、あの月桂冠、そしてその周囲にあの菊正宗。どんなに桂先生が御徳をもってござったところが、私がぼやっとしとったんじゃ神様は、桂先生の御霊様も御働きかけいただくことは出来んのじゃないだろうかと思います。
私共が本気で頂きたい。本気でお役に立ちたい。本気で世の中の光になりたい。力になりたい。難儀な氏子の道しるべになりたい、というような念願を燃やさせて頂いて、初めて桂先生の、あの両脇に千年乃松がありますね、その働きが頂けれるのであると。天地の親神様でも、どういう働きをもってござっても、氏子に芯がなければ、言わば世界は闇なりと仰る。ね。芯というたら草木でもひとつだと。ね。
そこんところに一心を絞らせてもろうて、私共のそうした願うところの願いの意欲というものがです、神様を動かし、そして、金光様を動かし。私共でいうならば、初代、先代、または桂先生の御霊様にも、お働きを頂かしていただく事ができる。おかげが頂かれる。こちらがぼやっとしとって、先祖の御霊様ですら、お働きを願う事はできないと私は思うのです。問題は、こちらの心がです、打てば響くような、心の状態にならなければいけないということ。ね。
そして、わたしがここまで頂いとるこのおかげをです、皆もこのようなおかげを受けられなさったら、どんなにか楽になられることであろうと思えれるような信心を頂いて欲しいと思うのです。どうぞ、ただ今、お話の中に申しましたように、二十三日は御霊様の御祭りでございますから、どうぞ、だいたい椛目の修行も、だいたいこう、キリがついたわけです。もう椛目全体こんどは、あの、真っ黒い黒い雲に覆われておるようなって、月次祭の時に頂いたんですけれども。
確かに、そうでしたですね。もう十日の頃というのが最高でした。もう、とにかく朝の御祈念が三分の一位しかないんです、お参りが。みんな風邪引きなんです。朝参りする人達が。そんな状態でした。今晩もやっぱりそんなわけで、まだ風邪で伏せっておられる、人達も随分あろうと思いますけれども。ひとつ、御霊様の御祭りまでには、おかげを頂きまして、お繰り合わせを頂かなければならんと思います。
どうぞ、私の願いがそのまま皆さんの願いになります事を念願さして頂きます。どうぞ、私の切実な願いが、また皆さんの切実な願いになられます事を祈ります。どうぞ、皆さんがです、ほんとに、難儀な氏子の道しるべにならして頂こう、と、言うだけの願いを立てられるだけの信心を頂いて下さるならです、ね。私と皆さんとの一丸になった、その働きがです、ね、どの位たくさんな難儀な氏子の、これから助けられていくところの原動力になるやら分かりません。
椛目に現在おかげを頂いておる方達の上にはです、人数こそ少ないけれども。この頃、秋永先生言うておられました。椛目の場合は、何の場合でも五十もんですなあちゅうて、この頃、総会がね、五十三人だと。ね。御本部参拝が五十一名であった。この頃、なんとかの、あの、十三日会の時も、やっぱり五十名だった。だから、椛目には五十名という人達がです、言わば、私のそういう信心を本気で頂いて下さろうとしておる人達がおられるような気がします。
ですから、やはりその方達はです、五十人の方達がその気になって下さるならです、ね、大変な世の中の明るい、ね、世の難儀な氏子が助けられていく働きに。その私共の働きがです、ひとつの原動力ともなって神様の御悲願に応えられるような働きになって来ると思います。皆さんもその五十人の中のひとりに選ばれておる氏子としての自覚を持って信心をお進めなられることをお願い申しましてからこの御理解を終わらせて頂きましょう。おかげを頂きまして有り難うございました。